高齢者と学生が一軒家をシェアする「かみこさかの家」
団塊の世代の高齢化にさらに核家族化や少子化が重なり、介護の負担だけでなく、世代間交流が希薄になるなどの問題も生まれている。2017年5月に改正された介護保険法では、自立支援を推進する方針が明確になった。
今後は世代間交流を促しながら、高齢者が自立して暮らせる取り組みが望まれる。
そんな中、高齢者が大学生と一軒家をシェアして生活しながら自立を目指す「かみこさかの家」の取り組みが始まった。
大学生の入居費用を低くおさえ、それとともに高齢者の見守りをするシステムで、近畿大学の学生をメンバーとするあきばこ家、大学院生によるながせ出張所、あきばこ家出身の卒業生が所属する建築事務所フーシャアーキテクチャ、近畿大学の地域マネジメント研究室が協同で取り組んでいる。さらに毎週一回訪問して高齢者の様子を確認するなど、東大阪養護老人ホームも協力する。
まだ高齢者の本格入居には至っていないが、現在の経過について、ながせ出張所所長の松浦遼さんにお話を伺った。
「あきばこ家は、5年前にも長瀬駅の近くの長屋を地域サロンに改修しました。そのサロンを東大阪養護老人ホームが定期的に利用してくださっていたので、高齢者とふれあう機会があったのです。そんな中、高齢者が自立に向かえるステップハウスはできないかと考えたのが、かみこさかの家に取り組んだきっかけです。地域包括支援センターの所長とお話をしたときも、地域で暮らす高齢者の自立をケアする仕組みが作れないかと相談を受けました」と、松浦さん。
建物は築40年の二階建て一軒家で、過去に補修工事されており、2年前まで居住者がいた。だから大規模なリノベーションは必要なかったが、耐震や耐火に問題がないか東大阪市の建築指導課と協議しながら、改修計画を立てた。
高齢者の自立支援が目的
取り組みを進める中、学生だけでは運営できない事案も増えてきたので、大学院生二人がながせ出張所を設立。改修の設計は、ながせ出張所の担当だ。さらに、建築事務所フーシャアーキテクチャも運営に加わった。
近畿大学の地域マネジメント研究室は「空き家をメディアとして、人をつなぐことができるか」をテーマに、地域住人や不動産業者などにインタビューをしながら、低価格で高性能の家屋にリノベーションする研究を手がけている。
かみこさかの家の改修工事は基本的に工務店に依頼したが、ながせ出張所メンバーおよび近畿大学講師が開発した土のブロックを使って学生が施工するなど、費用を抑えると同時に新しい工法の実験も行った。建材会社から断熱材の端材を譲り受けるなど、再生材の利用も意識している。また、この取り組みをどう将来に繋げられるか、研究を続けていくのも大学研究室の役割だ。
主な改修期間は約2ヶ月だが、高齢者の安全を守るため体験入居の高齢者や東大阪擁護老人ホームからの意見を吸い上げて、段差の解消や手すりの取り付けなどの追加工事を随時行っている。しかし、完全なバリアフリーにする予定はない。
「かみこさかの家に住む高齢者には自立を支援して、自分の力で暮らすためのリズムを取り戻していただきたいと考えています。ですから敢えて段差を残し、生活に負荷をかけるようにしました。居住する学生には、介護の資格も経験も問いません。体力の必要な掃除を学生が手伝ったり、学生が忙しいときには高齢者が食事を作ったりといった家事の分担や、違う世代同士が交流できる場を目指しています」(松浦さん)
地域の「見守りの拠点」にも
かみこさかの家の間取りは1階2部屋、2階3部屋。1階の入り口を入ってすぐにある約11~12畳の共有スペースはリビング兼地域サロンで、近隣住人も利用する。奥にある4畳間は高齢者の居住スペース。中央の階段を上がると約10畳の作業場で、建築事務所フーシャアーキテクチャや学生が作業する。フーシャアーキテクチャが利用するのは、学生が授業で留守にしている時間も、なるべく無人にしない工夫でもある。
学生の部屋は奥の3~4畳の2室。なるべく共有スペースで生活してほしいという思いから、居室を狭くしている。特徴的な螺旋状の外階段は目印になるだけでなく、1階でイベントが開催されるときは、邪魔をせずに2階へ上がれる。
シェアハウスのルールは、靴は必ずシューズボックスに入れる、使った後のテーブルは拭くなど最低限のマナー程度で、通常のシェアハウスと変わらない。違うのは、学生が高齢者の見守りをする点だろう。高齢者が体調を崩したり、怪我をしたりしたときは、学生が救急車を呼ぶなどの手配をする。
どういう場合にどこに連絡するか一目で分かる緊急時マニュアルが用意されており、判断が難しい場合でも東大阪養護老人ホームに問い合わせて指示をもらえるので、介護経験のない学生でも見守りが可能なのだ。
「一階の共有スペースでは映画上映会のほか、毎週火曜日に、地域の高齢者や単身者の簡単な昼食会を開催する予定です」と、松浦さん。老人ホーム入居者が外出するきっかけになるイベントを開催したり、地域の高齢者が気軽に集まったりできる、「見守りの拠点」を目指しているのだ。
検証は時間をかけて
現在は学生の高橋柚月さんが入居しており、高齢者のYさんは体験入居の最中。8月に6日間、11月に5日間、12月にも約1週間の実施を予定している。
「現行の制度では、老人ホームから一度出てしまうと、戻るのが難しいのです。だから入居してから後悔しないよう、何度も体験していただいています。現に、8月の体験入居の際は問題がなかったのに、11月は眠れないほど寒いことがわかりました。慎重な検討が大切なのです」と、松浦さんは語る。
Yさんと高橋さんの関係は良好だ。話題は好きな食べ物やその日発見したことのほか、テレビの内容など。
「初対面のときはぎこちなかったんですが、2回目からは話しをしたり、一緒に食事をしたりします。高橋さんはゆったりしていて気を使わなくてもよいですし、話をするとたくさんの発見があります」(Yさん)
「祖父母と暮らしていたので、実家にいるみたいな感じです。一緒にテレビを観ると、気付くところが違って楽しいですし、Yさんと暮らすことで、規則正しさが身につけばいいな」(高橋さん)
家事などで体を動かすのが好きなYさんは、自立できる最後のチャンスかもしれないと、前向きに取り組んでいる。
「学生と高齢者のシェアハウスは新しい試みで、ノウハウを積み上げるには時間がかかります。学生は卒業しますから、建築事務所フーシャアーキテクチャや地域マネジメント研究室が時間をかけて検証していかねばなりません。あきばこ家に所属する学生が入れ替われば新しい発見も生まれるでしょうし、長いスパンの取り組みになると考えています」(松浦さん)
松浦さんが言う通り、今後さまざまな課題が生まれるだろう。
かみこさかの家の実績で、高齢者と若者が一つの家をシェアする利点や問題点が明確になれば、こういったシェアハウスも増えていくかもしれない。まだ実験段階ではあるが、今後の経過を見守りたい。
2020年 01月05日 11時00分
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January 05, 2020 at 09:00AM
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